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●沖縄での平和学習
1班が7月2日、2班が3日、羽田を発ち、観光バスの運転手さんもめったにないというほどの暑さの中、直ちに那覇にある沖縄青年会館に到着し、ひめゆり学徒隊の数少ない生存者の一人である前野喜代さんの講演を聴きました。お年を召しておられ、その声は時に聞き取りにくいこともありましたが、次代を担う若者たちに一生懸命平和の大切さを伝えよういう切実な思いは十分に生徒たちに届いたと確信しました。生徒の平和学習感想文から一部引用します。
| 1日目のひめゆり学徒隊だった方の話を聞いたとき、私は衝撃を受けました。その方は一つ一つ思い出したことをかみしめるように感情を込め私達に伝えてくれました。その震えた声がその方が経験なさった戦争のむごさを物語っていました。 |
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「人の死をいたむ気持ちもだんだんなくなっていくと」いう言葉を聞いて、戦争の恐ろしさを象徴するような言葉だと思いました。今、憲法改正のことが問題になっていますが、「犠牲になった人たちの命と涙の結晶が第九条」という言葉を心に留め、これからの平和を作っていきたいと感じました。 |
講演後、嘉手納の米軍基地、読谷村と見学し沖縄における米軍の現状を目の当たりにし、ホテルにて夕食後、読谷村で長く基地返還運動にかかわり、村史編纂にも携わられた小橋川清弘氏より沖縄戦および戦後基地問題に関する講演を聴きました。早朝、羽田に集合し、ぎっしりと詰まった強行スケジュールの後にもかかわらず、生徒たちは真剣に聞き入っていました。
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心打たれる話がいくつかありました。集団自決のこと、現在までの基地問題、そして平和のあり方について熱く僕たちに諭してくれました。その中でやっぱり平和のあり方についての話は、とても大変なものがありました。小橋川さんの話を通して、平和とは待っていても訪れない、自分たちのほうで築きあげていくものなんだということに気付かされました。 |
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2日目は南部戦跡見学。その中でも一番重要なのが、糸数壕の見学でした。平和ネットワークのガイドの方々に先導され、各クラスごと戦争中に野戦病院として使用された鍾乳洞(ガマ)に入り、当時の状況を解説していただき、その後で壕内で平和セレモニーを行いました。この体験は生徒たちそれぞれに強烈な思いを残したようです。
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壕の中で電気を全て消して黙祷を捧げました。目を開けていても閉じているのと変わらない暗さで自分の腕さえも見えませんでした。私たちは暗ければ電気をつけるのが当たり前だらか電気を消したときの壕の暗さに余計驚いたのだと思いました。壕の中で賛美歌やさとうきび畑を歌い平和宣言をした後に私は壕の中に入る前よりももっと「戦争を起こしてはいけない。沖縄戦でこの壕の中で亡くなった人のためにも二度と戦争を起こしてはいけない」と強く思いました。壕から出た後にまず思ったのは空がこんなにもきれいだったのかということです。壕の出口には緑が茂っていて雲ひとつない青空が広がっていたことに感動しました。青空を見るなんて今の私たちにとっては当たり前のことかもしれないし空、草木がきれいなんて普段思わないけど壕のあの真っ暗な中から出たからこそそう思えたのかと思いました。 |
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その他、ひめゆり資料館、平和記念資料館、平和の礎、魂魄の塔などの見学を通して、生徒たちは平和への思いを強くしていたことが、感想文から読み取れました。
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