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| 2008年 日・韓文化交流会 |
2月15日〜18日まで細花高校の教師・生徒を迎えて「日・韓文化交流会」が行われました。
韓国の留学生の受け入れは3回目です。
私自身もオーストラリアのファームステイを経験して感じるのですが、受け入れをする方も留学生も始めはとても緊張していて笑顔もぎこちないけれど、1日たつとなぜか仲良くなっています。心でのつながりを少し感じることができました。
思いやりをもって接することが心のことばになるんだと思います。
留学生の受け入れをすることで自分自身もたくさん学べることができました。
貴重な体験をさせてくださった学校・先生方に感謝いたします。ありがとうございました。
柴垣 来弥
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| 佐々木真希さんの挨拶文 |
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| ホスト生徒の佐々木真希さんたちは、羽田空港まで見送って、再会を約束しながら別れを惜しんでいました。 |
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2月11日〜15日の5日間、細花高校の教師・生徒15名を迎えて「日・韓文化交流会」が行われました。13日の高2学年礼拝では、ヒックス校長に紹介されたハン ビョン ヨン校長が、訪日団を代表して、「お互いに友好交流を深めましょう」と、
あいさつしました。高2異文化交流の授業では、ドッジボールや縄飛びを楽しみました。初めはリズムに乗れなかった大縄飛びでしたが、最後には22回も飛べて楽しい汗をかきました。5限は高1の「日・韓文化交流会」です。生徒会長の籾山紗央理さんが、「こうして日・韓交流の場ができてとても嬉しく思います。生徒はもちろん先生方も個性あふれる人たちばかりです。仲良くなって帰って下さい」と、韓国語であいさつすると、訪日団から拍手が起こりました。
第2部では、12月に細花高校を訪問した桜高生15名が参加した、文化祭の様子が、ビデオで紹介されました。またチアリーディング部の華麗な演技や、吹奏楽部のマーチングバンドが、アリーナのフロアいっぱいに披露されて、会場は熱気に包まれ、余韻がクラス交流会へと続きました。
4泊5日という過密な日程でしたが、PTAや国際交流委員、ホストファミリーの協力で、想い出深い歓迎行事ができ、嬉しく思っています。感謝。
国際教育部長 清水賢一
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7月14日から6泊7日で6人の生徒と一緒に韓国の済州島とソウルに短い旅をしてきました。飛行機の中から見えるきらきら輝いている海が私たちを暖かく歓迎してくれているようでした。韓国が母国であり、韓国語の教師でもある自分にとって今回の旅はとても楽しかったです。生徒のほとんどが韓国は初めてなのですが、彼らがどのように韓国の家庭の中に入っていけるのかという期待と、言語の壁からくる難しさをちゃんと乗り越える事が出来るのかという心配もありました。
百聞は一見にしかずということわざがあります。今回の旅で、教室で学ぶより比べものにならないほどはるかに多くの文化や生活習慣を生徒達は学校やhome
stay先で体験し学んできたと思います。
韓 智媛
韓国細花高校を訪問して
鈴木 裕子
私は、2月に細花高校の生徒たちが来訪された時、ホストファミリーして、コリア語が全く喋れなかった私は、言葉が通じないことが、大変で辛く、言葉はとても大切なものだと感じました。もっと勉強して喋れるようになりたいと強く思い、それと同時に、韓国とはどういう国なんだろうと、韓国にとても興味を持ち始めました。最近は、日本で『冬のソナタ』が人気になったりして、日本中で韓国ブームになり、私は、ますます韓国という国に惹かれてしまい、そんな韓国を自分の目でみたいと思い、また2月に来た細花高校の生徒たちに会いたいと思い、韓国へ行くことを決意しました。
今回は、生徒6人・ハン先生・本多校長・ヒックス元校長・校長先生の娘さん・留学生の康
珍雅さんの11人で行きました。出発するとき、私は、韓国へ行くという期待と、初めてのホームステイへの不安で複雑な気持ちでした。しかし、済洲島に着いて、ホストファミリーに会ったときは、そんな不安はなくなり、会えた喜びとこれからの期待で胸は一杯でした。でも、友達や先生たちと別れ、一人になったときは、これから一人で大丈夫かなと心配になってしまい、早く一緒に行ったみんなに会いたいと思っていました。空港から家に行く時、町並みはとても日本と似ていて、とても韓国にいるとは思えなかったけれど、どこを見てもハングルだらけ…。やっぱり、韓国なんだなぁと。
姉妹校の細花高校を訪問し、歓迎会などを開いてくれ、私たちをとても温かく迎えてくれました。私は、2月にホストファミリーしたので、その時に来た生徒たちがみんな、「ユウコ!!」と言ってくれました。その時、みんなが私のことを覚えていてくれて、本当に本当に嬉しくなりました。みんなとまた、こうして会うこともとても嬉しかったです。
細花高校では、いくつか体験をしました。まず、私が、一番嬉しかったことは、韓国でチマチョゴリを着たことです。今まで、ずーっとずーっと着てみたいと思っていただけに非常にワクワクしていました。しかし、実際に着てみると、日本の着物のように、ちゃんと着方があったり、着たときの作法などもあり、意外でした。チマチョゴリを着たときは、韓国人になったような気分になり、感無量になりました。これは、高校生サミットの一部で、私たちは、日本から浴衣を持っていき、実際に着て、盆踊りをみんなの前で披露しました。みんな、興味深そうに見てくれ、少し恥ずかしかったです。その後、私たちが着ていた浴衣をホストスチューデントたちに着せ、チマチョゴリを着た日本人の私たちと浴衣を着た韓国人の生徒たちで写真を撮ったりしました。これが、異文化交流だぁと思いました。日本人の私たち、韓国人の生徒たち、みんな嬉しそうでした。
次に、給食を食べたのですが、給食には必ず、キムチが付いており、1日目には、サムゲタンという韓国の伝統的な料理が出ました。このサムゲタンは、日本の鰻のように暑い夏に夏バテ防止に食べるようなもので、鶏がそのままの姿で、腸にご飯などが入っているとても美味しい料理です。しかし、最初見たときは、鶏の姿がそのままだったので、驚きました。それに給食にまで、キムチが付いてるとは、思いもしませんでした。
韓国と日本には、歴史的な背景があることを知っていたので、韓国の歴史の教科書に日本はどのように書かれているのか気になり、実際に教科書を見せて貰いました。コリア語で書かれているので、ホストスチューデントに日本語に訳してもらい教えて貰いました。そこには、聞きたくないような、日本が韓国にした悪いことなどがいっぱい書いてあり、私は、とてもショックを受けました。でも、それが、事実であるのだから、私はそういうことに目を背けないで理解していくべきだと思いました。こういうことがあったから、韓国と日本の関係がよくなかったんだと改めて思い知らされました。また、私のホストスチューデントのおばあちゃんは日本語が喋れました。私は驚きと同時に、なぜ、日本語が喋れるのか不思議に思いました。日本に帰ってきて、その話をすると、それもかつて日本が韓国にしてきたことの表れだと、言われました。とても、淋しい気持ちになりました。
私はホームステイをしているとき、ホストスチューデントは日本語がとても上手だったので、ほとんどの会話は日本語でしてしまいました。本当は、コリア語で、会話をしたかったけれど、私のコリア語は、とても下手なので通じず、ついつい日本語で話すようになってしまったのです。しかし、たった5日間でしたが、最初はお母さんたちが韓国語を話してる内容などが全くわからなかったけど、だんだん、家族と慣れていくうちに、少しではあるけれど、「あっ、こんなこと言っているんだなぁ」と、わかるようになっていき、私も、少しずつではあったけれど、お母さんに直接コリア語で言えるようになりました。たったの5日間しか、一緒に過ごすことが出来なかったことが、とても残念で仕方がありません。優しくしてくれたホストファミリーには本当に感謝しています。全くコリア語が話せない私に、辞書を片手に、ジェスチャーなどを使っていろいろしてくれたことなど、自分の口で感謝の気持ちを言いたかったけれど、思うように伝えられず、とても辛かったです。なので、これから、今まで以上にもっと頑張ってコリア語を勉強して、次に会うときは、絶対コリア語で話せるようにしたいです。ホストファミリーと別れるとき、お互いに「笑顔で別れよう」「絶対に泣かない」と約束をしていたけれど、やっぱり、私は、約束を守れず、涙が止まりませんでした。「必ずまた、済州島に来る」と約束をして、別れました。
日本に帰ってきてからホストスチューデントから日本語で書かれた手紙が送られてきました。私は、とても嬉しかったと同時に、全部日本語で書いてあるので驚きました。私も負けずに、コリア語で手紙を書けるようにしたいです。
私はホームステイをするというとても貴重な体験が出来て本当に嬉しく思っています。普通の旅行では味わえない、韓国人(特に同世代の人たち)の家庭生活や学校生活、日本と韓国の文化の違いなど、いろいろ自分の目で見ることが出来、本当に忘れることのできない5日間になりました。ここで体験したことは、これから生かしていき、一生の宝物にしていきたいと思います。そして、今まで「近くて遠い国」と言われていた韓国と日本が、もっともっと交流をしていき、「悪いイメージ」を無くして、仲良くなって、両国の人たちが皆、身近な国と思えるようになるといいなと思います。
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